福ふくろう

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カラオケとスナックと私

 

カラオケに行こう!となったら、行き先はもちろんカラオケボックス。

ですが、まだカラオケボックスというものがない時代、どういうところで歌を歌っていたかと言うと・・・、そう、おじさん達の聖地「スナック」に行っていたんですね。

 

*おばさん達と一部のおじさん達の聖地として、「歌声喫茶」というものもあったそうな。

これは、店に集まった見知らぬお客さん同士が唱歌などを合唱する場所で、とっても健全ですね^^

 

私も新入社員の頃は、会社のおじさん達にスナックに連れて行かれておりました。

あまり気乗りしない中、歌っていたカラオケソングが、その後、ずいぶんと役に立つことがあったんです。

 

今回は、「カラオケとスナックと私」と題して昔の思い出を語ろうと思います。

 

 

おじさんの聖地スナック

最近はどうなんでしょう?

スナックって、もう随分と寂れてるんじゃないか?って思うんですけど。

「行っているよ!」って方、いらっしゃいますかね?

もしかしたら、「スナックなんて一回も行ったことがない」って方の方が多いかもですね。

 

昭和の時代は、飲んだ後の2次会といえばスナックに行くのが定番で、私が新入社員の頃は、やっぱりおじさん連中にスナックに連れて行かれたものです。

 

大阪で勤務していた当時、行っていたのは難波の外れにあるカウンターだけの小汚いスナック。

厚化粧のババアママさん一人に、お客さんはくたびれモードのおじさんサラリーマンが数名。

皆、だらしない格好でスルメをおつまみにウイスキーの水割りをダラダラと飲んでいるというのがお決まりの風景でした。

 

はたからみれば、「なんだかなぁ」って感じ。

哀愁が漂う様を見ては、「仲間にはなりたくない」って思っていたのですが、会社でこき使われて、仕事にくたびれ、家に帰っても居場所のないおじさん達にとっては、スナックこそが心休まる聖地だったんでしょうね。

 

おじさんが輝きを取り戻すカラオケ

スナックに集まるおじさんたちのお目当ては、ババアママさんとの下品な下ネタ話、そして、カラオケです。

 

カラオケボックスのように自分たち専用のスペースが確保できない時代、マイクは常に誰かが握っていて、見知らぬおじさんの前で歌を歌い、あるいは、見知らぬおじさんの歌を強制的にを聞かされる、それが当たり前だったんです。

 

おじさん達は、自分にマイクが回ってきたら、俄然、張り切って歌を歌い始めます。

その時は、少なくとも歌を歌ってるおじさん本人は、

「俺って輝いてるぜぇ~」

ってな感じでありました。

 

ド演歌一本槍

おじさん達どんな歌を歌うかと言うと、

ド演歌

です。

 

もうね、皆が皆、ド演歌一本槍でした。

北島のサブちゃんとか、鳥羽一郎とか、冠二郎とかです(敬称略)。

 

歌詞には、「侠(と書いて”おとこ”と読む)」、「燃えろ」、「悔いはない」みたいな熱いワードがビッシリと出てきます。

それを眉間にしわを寄せながら、派手な振り付けで熱唱されるんですよ、おじさん達は。

 

キッツいですよ~、これを聞かされるのって。

「アイ・アイ・アイ・ライク・演歌~♪」

ですからね。

 


KAF922 炎③ 冠二郎 (1992)160123 vL HD

 

 

しかも、ド演歌なのにママさんはノリノリで、マラカスを振りながら踊りまくってるし・・・。

聞かされるほうとしては、ひたすら修行の時間でしたね。

 

好きな曲を歌ったら怒られた

こうやっておじさん達は、自分の世界に入り込んでド演歌を熱唱しているんですが、そのうち、

「お前も一曲歌え」

と言ってきます。

自分だけ歌っているのが、後ろめたいからなんでしょうね。

 

私:「いやいや、俺はいいです」

おじさん:「ええからから歌え」

私:「いや、俺、演歌、歌われへんし」

お:「なんでもええから、歌いたい曲、歌ったらええねん」

私:「ほんまに、ええんですか?ほな、歌いますよ?」

 

こんなやり取りの末に私が歌ったのは、小泉今日子の「渚のはいから人魚」でした。


渚のハイカラ人魚 小泉今日子 84.5.06

 

会社の同期たち若い奴らとスナックに行くこともたまにあって、そのノリで歌ったわけです。

 

私が歌い終わるとおじさんが、

お:「アホか、お前は!ちったぁ、考えろよ、な?」

と怒っています。

 

私:「何を歌ってもええって言うてはりましたやんか」

お:「あのな、なんぼええ言うたかて、アレはないやろ、アレは!

   なにが、渚のはいから人形やねん。あほか!」

私:「・・・(「いやいや、はいから人魚ですわ」と心の中で突っ込む)」

 

ということで、カラオケで好きな曲を歌ったら怒られたんです。

 

ムード歌謡で道ひらく

こんな一件はあったものの、おじさん達は相変わらず私をカラオケスナックに誘ってきます。

本当に行きたくない時は断ってましたけど、仕事ではとってもお世話になっている先輩たちですから、そういつも断り続けるわけにはいきません。

なんてったって、昭和世代のサラリーマンですからね。

 

おふざけソングはNGと分かってから、初めのうちは渋々ながらも、ド演歌を歌っておりました。

だけど、これが本当に楽しくないんですよね。

 

そんなこんなが何度か続いたある日、珍しく他のお客さんがママさんとデュエットを歌ったんです。

歌っていたのはたしか「銀座の恋の物語」だったと思います。

いわゆるムード歌謡とジャンルされている歌ですね。

 

私はこれを見て、

「これだ!」

ってひらめいたんです。

 

こんな感じの曲調だったら、まだ歌える!

しかも、デュエットだったら、歌うのは半分で済む!!

さらに、歌ってる間、ママさんはおじさん達の相手ができないので、下品な下ネタで盛り上がるのを邪魔できる!!!

 

ぶっちゃけ、ババアとデュエットなんか歌いたくはなかったんですけど、一石二鳥の作戦で、次々とムード歌謡のデュエットソングをマスターしていきました。

「銀恋」は必須。「ふたりの大阪」とか「東京ナイトクラブ」とか「麦畑」とかです。

 


麦畑 オヨネーズ

 

お得意様対応での仕事

時は流れて、大阪から京都、東京、そして、関東のとある県へと人事異動で流されていき、気が付くとスナックでド演歌を歌っていたおじさんよりも年上になっておりました。

 

某県では管理系の仕事を中心に、渉外なども担当していて、その一環としてお得意様たちが作っていた商業組合の窓口も担っておりました。

 

窓口といってもいろいろな業務があって、その中でもヘビーだったのが年に2回行われていた研修会という名目の温泉旅行への参加です。

会社が研修会にかなりの寄付をしていたので、ここには「来賓」としてご招待を受けるのですが、相手は何と言ってもお得意様、実質的にはこちらが接待をしておりました。

 

旅行会の1つは組合の理事長たちがメンバーで、15名ほぼ全員が、たいそうなお年寄りです。

おじいちゃんたちは、夜も8時を過ぎると眠たくなるので、宴会は1次会でお開き。

これは楽でしたね。

 

問題は、もうひとつの旅行会。

こちらは各組合のコアメンバーである女性代表15名、それに持ち回りで選抜された女性組合員25名の総勢40名が参加者です。

 

40名の女性と温泉宿の大広間で大宴会。

一見、とてもよさげに思えるでしょうけど・・・、この女性たち、平均年齢は60代後半、下手すりゃ70代じゃないかっていうくらいのおばあちゃんばっかり。

少なくとも50代は一人もいなかったですからね。

 

しかも理事長さんたち男性陣と違って、皆さんとってもお元気なので、その方々を接待するのは、なかなかハードだったんです。

 

スナックでマスターしたデュエットが役立つ

なんだかんだで某県では、約7年間勤務しました。

つまり、この温泉旅行には各7回、都合14回も参加したんです。

 

女性部との旅行会では、初めはのうちはこちらは引き気味、相手も遠慮勝ちではありましたが、3回4回と回を重ねるうちにババアおばあちゃんたちは本性を現してきます。

 

もちろん、会社からの参加者は私ひとりではなく、若手の男性社員も参加させていたのですが、いかんせん私が一番の古株で、顔見知りも多かったため、必然的におばあちゃんたちの餌食にされるわけです。

 

私が本当にお酒に弱くて、すぐに酔っ払ってしまうことが分かると、毎年参加しているコアメンバーたちは、

「ふくろう(=私を)を酔わせて潰す!」

が合言葉になり、ガンガンと飲ませにやってきます。

 

一方、2~3年に一度参加する選抜組たちは、普段は家でおとなしくしているけれど、せっかくの旅行だから、ちょっとくらいハメを外そうとカラオケを歌いまくってます。

 

そして、「ふくろう(=私)とデュエットしたい!」とありがたいお申し出を多数いただくことになります。

 

そう!

ここで、大阪で修行をしてきた昔のデュエットソングが役に立ったのです!

 

「喜んで!」

の声と共にステージに駆け上がり、お得意様方のリクエストに応じて次々にデュエットソングを歌い続けます。

 

中には、歌ったことがない曲や聞いたこともない曲が流れることもあります。

しかし、そこはそれ、適当に合わせながら、勢いだけで歌いきっていくんです。

 

大体のデュエットソングは、歌いだしは女性から始まって、同じ節回しを男性が続けるパターンが多いので、聞いたことがない歌でもなんとかなるんですよね。

 

このようにして何曲もデュエットソングを歌い続けておりました。

時には、ググっと顔を近づけてこられたり、抱きつき攻撃のような逆セクハラもあり(さすがにナニをアレされるようなことはなかったですけど・・・)、

 

「今のこの俺の姿を家族が見たら、いったい、どう思うんだろう?」

 

なんて切ないことを考えつつ、

「愛の花咲く~、麦ば~た~け~♪」

と歌っておったわけです。

 

お得意様のお婆様方は、それはまあ楽しそうにしているし、実際、こういう場を重ねることで、こちらから無理なお願いをしても、

「あんたが、そう言うんだったら、やってあげるよ」

と言ってもらえるようになったので、頑張った甲斐もあったというもんですね。

 

おわりに

長々と書き続けましたが、「カラオケとスナックと私」と題して昭和世代のサラリーマンのカラオケ事情?をご紹介しました。

 

最近はカラオケはトンとご無沙汰なんですけど、「歌え!」と言われれば、今でもちゃんとデュエットソングを歌えるはず。

ですが、もうお腹いっぱいですね(笑)。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!